『奈良一刀彫』は、国際色豊かな天平文化が花開いた奈良の地で、建築・彫刻・絵画・工芸などの幅広い分野で脈々と受け継がれてきた。子どもの玩具として発祥し、春日大社の奉納物として大胆な面の入れ方が特徴となった。これは、小手先の装飾でごまかさず、真実を表すためといわれている。悠久のときを越える『奈良一刀彫』の伝統の技を祖父、父から受け継ぎつつ、未来への新たな展開を求め、時代の先頭を疾走する三代目・東田茂一さんを訪ねた。
奈良人形とも呼ばれる伝統工芸品。約900年の歴史を持ち、春日大社の御祭りに奉納する人形として使われていた。桧・桂・楠などの木を素材とし、ノミで豪快に彫り上げた上に岩絵具や金箔で彩色を施すのが特徴で、能楽や舞楽、十二支や雛人形、兜などを題材とした、力強さと繊細さを備えた魅力ある作品が今日まで連綿とつくり続けられている。
幼い頃から、いつも身近に『奈良一刀彫』があった。「母方の祖父と父が一刀彫の作家で、母も一時していたので、身近すぎて特に意識することはありませんでした。こんな木彫りの人形、誰が買うのやろか」と当たり前すぎて、魅力や価値を理解できなかった東田さん、父の仕事場にも足を踏み入れることはなかったそうだ。
絵を描くのが好きだった東田さんが進路を模索していた20歳のとき、大きな転機が訪れる。奈良県の文化会館で、父・天光(てんこう)が個展を開催した折、スタッフとして手伝うように声をかけられた。そして1週間の会期が終了したとき、父から「やってみないか」と誘われたのだ。
「今思えば、父のシナリオだったのかもしれませんね。期間中、改めて親父の背中を見て、一刀彫の面白さを実感しました。ものづくりには興味があり、やってみようと思いました」
こうして、東田さんは、『奈良一刀彫』の後継者として職人の道を歩み始めた。初めから家業を継ぐのではなく、一旦、距離を置き、外から伝統工芸を見つめた経験が生きる。一刀彫の魅力を再確認すると同時に、現代とのギャップも強く感じたという。こんなに魅力があるのに全く発信できていない。どうしたら現代人に興味を持ってもらえるか。それには、古い殻を突き破る必要があった。
2014(平成26)年、『NARADOLL HIGASHIDA』を立ち上げた。約900年受け継がれてきた『奈良一刀彫』の魅力を現代人に向けて発信し、伝統工芸に新たな息吹を吹き込むためだった。
「『奈良一刀彫』を知る人はごく一部だけで、このままでは先がない。そこで、全く異なる業種の方たちとも積極的に意見交換を行いました。新ブランドのコンセプトとして掲げたのは、“奈良一刀彫の本来の姿を目指す”です」
伝統工芸の本質を追求しつつ、その魅力を最大限に表現し発信するためにはどうすればよいか。現代のライフスタイルにもマッチする商品カテゴリーとして、『雛人形』と『兜』に絞り、女性をメインターゲットとして、新ブランドのキーワードは“可愛い”に決定した。そのコンセプトを集約させたのが、『NARADOLL HIGASHIDA』ブランド製品の象徴ともいえる独創的なパッケージだ。『奈良一刀彫』の造形を模したデザイン、光の加減で表情を変える紙の選択など、凝りに凝った造形美に誰もが目を奪われる。まるでお洒落なお菓子のパッケージのようだ。これに女性客たちが飛びついた。『奈良一刀彫』は知らなくても、『NARADOLL HIGASHIDA』は知っている。そんな若いユーザーが増えつつある。
一刀彫の特徴は、大胆にノミで刻む面で構成していくこと。なぜそのようなデフォルメされた造形になったのか。その起源は、一刀彫が春日退社の奉納物であった奈良時代に遡る。奉納する人形は、人間が小手先で誤魔化してつくるような物であってはいけない。ありのままの心の姿を表現した物でなければならないということから、一刀彫という素朴でシンプルな技法が生まれたという。一刀彫の名前の由来には諸説あるが、一刀で全てを彫り上げるという意味ではなく、一刀一刀心を込めて彫るところからというのが有力なようだ。「一刀彫の本来の姿は素朴な物であり、一般の人たちにとって身近な物でした。工芸品とはそういう存在でしたが、江戸時代に森川杜園(もりかわとえん)という名工が現れ、工芸品が一気に美術品へと昇華したんです。それ以来、『奈良一刀彫』は限られた目利きだけが知る物となっていきました。僕らの活動は、一刀彫を本来の生活に身近な物に戻そうという、いわば原点回帰へのチャレンジです。その入口として立ち上げたのが『NARADOLL HIGASHIDA』です」
「父の一刀彫の個展会場で、“良く出来ている”と感動されるお客さんが多く、なかには涙を流す方もいました。しかし、それを自分の家に飾りたいと思う人はなかなかいない。一方、工芸品は、家に持ち帰り使ってもらうことが前提です。使い勝手、使い心地を含めた、確かな技術に裏打ちされた美しさが求められる。それが工芸品の魅力であり価値だと僕は思います」
アートは限りなく自己完結するもの。一方、工芸品は職人と使い手との心のやりとりから生まれてくるもの。それが芸術品と工芸品との違いだと東田さんは言う。例えば、お雛様もひと部屋つぶれるような段飾りは過去の物。毎回の展示会で絶賛される『一刀彫の段飾り』は、省スペースで飾り付けることができ、仕舞うときは全てが台の部分の箱に収まる。
「一刀彫の雛人形は、“コンパクト、可愛い”のキーワードが使い手の心に響くのだと思います。職人に求められるのは、技量を高め、伝統の技術を駆使して良い作品を生み出すことはもちろんですが、ユーザーが何を求めているかをキャッチする心の会話ができるかが重要です。よく人間関係が苦手だから、一人でできる職人仕事をしたいという人がいますが、それは難しいですね」