更新日:2022.01.05  writer:渡邉陽子

以前は難しくて苦労していた部分が作れるようになっていく過程にやりがいを感じます。

い製品職⼈
小林 睦子(こばやしむつこ)さん
広島県/福山市

広島県福山市の伝統産業であり、全国屈指の高級品とされるびんご畳表。「最高級」の名にふさわしい畳表を世に送り出すにあたり、ドラマチックな奇跡に頼ったことはない。ただただ数百年もの長きにわたって「備後からよい畳表を」と思う人々が紡いできた日々の働きが現代に受け継がれ、とてつもないクオリティを生み出し続けているのだ。そして藺草(いぐさ)を用いた各種い製品も高度な技能が次世代へと継承され、時代のニーズに合わせた新作も登場している。

びんご畳表とは?

かつての備後国、現在の広島県福山市および尾道市で生産されている畳表。表皮が厚く光沢があり、1枚あたりのい草の使用量が多いので耐久性と重厚感がある。青味を帯びた銀白色の美しいい草を厳選した畳表は最高級ブランドとして宮中や幕府に重宝され、現代も国宝級の建造物修理の畳表として指定される。2007年度に内閣総理大臣賞を受賞、京都御所の迎賓館にも送られ、2008には地域団体商標(地域ブランド)にも登録された。

びんご畳表の歴史は古い。1347年に書かれた公家の日記の中に『備後筵』という記載が、そして1532~1557年には現在の福山市でい草を栽培し、引き通し表を織ったという記録が残っている。慶長年間(約400年前)には福山藩の産業として奨励されたため、この時期に産地としての基盤が形成された。藩政時代を通じて実施された公用表の検収制度は明治以降も検査制度として引き継がれ、組合を設立して畳表に証糸を織り込むなど品質の維持に努めてきたことが、びんご畳表の高いブランド力の背景にある。

びんご畳表は高級畳表の代名詞

びんご畳表が長きにわたり高い品質を維持し続けている理由のひとつに、広島県備後地方がい草栽培に最適な気候・風土だということが挙げられる。比較的穏やかな四季とほどよい降水量、山海の養分をたっぷり含んだ土に有機肥料を加えた畑で育つ備後のい草は、力性に富み粘りがある。また、手織りの時代に発明された中継ぎ表の製織技術に始まり、現在の動力による製織でも弾力とこしの長所を備えた畳表を織りあげる技術は、数百年にもわたり畳表に携わってきた備後地方ならではの強みだ。そしてそのクオリティを保つため、認定された検査員が規格に合わせて厳格な検査を行う。いくつもの要素が重なり、びんご畳表というブランドが色あせることなく輝き続けているのだ。

そしてびんご畳表にも使われるい草を用いたい製品もまた、伝統工芸品として人気を集めている。い製品職人の小林睦子さんは、編み笠づくりの技能継承者が募集されていることを知ったとき、やってみたいと名乗りを上げた。

“ものづくりがしたいという思いがあったんです”

一見、美しい仕上がりに見える浪人笠でも小林さんからすると「もっと富士山のようなラインが望ましい」と妥協はしない。ミニチュアサイズの浪人笠、虚無僧笠、編み笠はじわじわ人気があるそうで、「何だか欲しい」と思わせる、人を惹きつけるものがある。

い製品でも生かされる伝統技法

先生に学ぶ日々が始まった。ところが習っているときは思うように作れなかったりなかなか上達しなかったりで、あまり楽しいとは思えなかったそうだ。

“それでも先生から、『今、日本で虚無僧笠や浪人笠を作れるのは自分だけ』と言われると、ここで伝統工芸を途絶えさせるわけにはいかないという気持ちになりました”

現在はランプシェードやミニ案山子、ストラップ、コースターなど、い草を用いたグッズも手がけている。思い通りの仕上がりになって“楽しい”と感じるようにもなった。イベントなどで出品するとやさしい手触りに癒されるのだろう、買い求める人も多い。その中で定期的に注文が入るのは、阿波踊り用の編み笠だ。同じ連が何度も注文してくれるというから、それだけ上質な笠を提供しているのだろう。実際、中国産の廉価な笠をかぶる人が多い中で小林さんの笠は明らかに仕上がりが異なり目立つため、連の人々は「その笠はどこで手に入れたんですか?」と聞かれることが多いのだとか。「そのことが写真付きで載った新聞記事を見たとき、初めて作品づくりの“楽しい”が“うれしい”になりました。それに自分の作った編み笠を、初めて『きれいだな』とも思えました」 地道にコツコツと丁寧なものづくりを続けてきた成果が、こういった思いがけない形で表れることもある。自分の手がけたい製品を知らない誰かが評価してくれるという喜びは、制作への原動力につながった。

い草を束ねるには湿らせた麻の紐を用いる。ナイロンでは強度が十分でないのだそう。制作の際は、石臼の中央に穴を開けて立てた竹の上部に、ドライバーのような太い軸が取りつけられたものを用いる。
笠を編む際は束をふたつに分けるが、きっかり均等に分けるのにも経験が必要。なにげない動作でも一朝一夕にはいかないところが伝統工芸ならでは。い草の固さ、柔らかさもその年によって微妙に異なるので、編み方に調整が必要となる。

次世代へつなぐジャパンクオリティ

笠づくりは工程すべてが難しいと小林さんは言う。 「たとえば阿波踊り用の編み笠でどのくらいのい草が必要かは、手加減で判断します。あくまでの本人の感覚次第なので、い草が少なすぎるとスカスカの仕上がりになってしまいます。しかもい草は太さが均等ではないので、ベストな量を見極めるためには経験を積み重ねていくしかありません」

阿波踊りで使用する笠をいつも注文してくれる連がある。中国産ならより廉価だが、日本産のい草で小林さんが作る笠は縁がしっかりしていて風が吹いてもよれない。「縁が厚いか薄いかで、どこの笠か一目瞭然です」と小林さん。

編み笠やランプシェードを作るには、い草に水をかけて選別して、水で湿らせ強度をアップさせた麻の紐で束ねる。結び目を隠す笠の場合は裏返した状態で、土台から突き出ている軸に刺す。ランプシェードや結び目を隠さない笠ならば、先端をきれいに切りそろえた上で、やはり軸に刺す。ここから製品に合わせた方法で編み進めていく。針などは一切使わず、すべて手先だけで編み込む。

“うれしい”を知った小林さんは、ますます技能を磨きたいという思いが強くなった。

“以前は難しくて苦労していた部分が作れるようになっていく過程にやりがいを感じます”

土台の石臼が動くほどの力を込めてい草を束ねる。上部をカットしてそろえたら束を半分に分けて軸に差し込み、ランプシェードを編んでいく。「このサイズのランプシェードを作るのはこのくらいのい草が必要」という量は、手で束をつかんだ時の感覚がすべて。
い草で編んだランプシェードを通して灯る明かりは、周囲をやさしく柔らかく照らす。備後畳表の和室によく似合いそうだが、フローリングの洋室にあっても違和感がない。これだけ見ていると個性が光るが、実際はどんな部屋にも溶け込む。

集中すると12時間、編み続けていることもあるという。今は注文のあったものを丁寧に作って納めることに専念しているが、いずれは自分が先生から教わったように、次の世代のこの技能を伝えていければと考えている。

同じ原料を用いているびんご畳表が全国のユーザーから求められるように、びんごい製品の魅力と実力も確かに浸透している。

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