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長浜市は滋賀県北東部に位置し、北は福井県、東は岐阜県と接しています。長浜市を中心とする琵琶湖北部の湖北地方は、京都と名古屋が60km圏、大阪が100km圏にあり、古くから京都、大阪と中部、北陸を結ぶ交通の要衝であり、滋賀県北部の拠点都市として発展しました。1943年に市制が敷かれ、2006年と2010年の合併を経て、現在の長浜市が誕生しました。優れた歴史と文化、豊かな自然があり、県内有数の観光地としても人気です。

交通の要衝地に秀吉が城下町を形成
滋賀県の最高峰・伊吹山と隣接する山々を背景に平野が広がり、琵琶湖に注ぎ込む姉川や高時川、余呉川が美しい湖岸風景を見せる長浜市。関西圏と中部、北陸を結ぶ水陸交通の要衝として平安時代から栄え、紫式部が越前(現在の福井県)へ行く父に同行した際に長浜の街道で詠んだ歌が残されています。
1573年には、羽柴(豊臣)秀吉が戦功をあげて湖北地方12万石を与えられ、「今浜」と呼ばれていた地名を織田信長から一字貰い受けて「長浜」に改名。秀吉の初の持ち城となる長浜城を築き、商人や職人を呼び寄せて城下町を形成しました。秀吉は町民に自治を委ね、楽市楽座により商工業を奨励し、年貢・労役を免除するといった政策を行い、長浜は飛躍的な発展を遂げました。秀吉の在城期間は8年間でしたが、由緒ある城下町の風情は今も感じられます。
歴史と伝統を生かした観光地
歴史と文化が薫る貴重な町並みを生かし、長浜市では1980年代から町おこし事業を推進してきました。明治時代に設立された滋賀県初の国立銀行を、黒漆喰の外壁を生かした「黒壁ガラス館」として1989年に再生させたことを皮切りに、周辺の歴史的建造物も美術館やガラス工房、レストランなどに改装。この再開発により、衰退しかけていた商店街が年間200万人もの観光客を呼ぶ観光スポット「黒壁スクエア」に変貌し、町おこしの成功例として全国的に知られるようになりました。
また、日本三大山車祭のひとつ「長浜曳山まつり」も全国的に有名で、毎年多くの観光客で賑わいます。その起源は、秀吉が男児誕生を祝って城下の人々に金を振る舞い、町人がその金で曳山をこしらえたことと伝えられています。2016年に、「長浜曳山まつりの曳山行事」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。
温かな人達が住む“観音の里”
湖北地方は別名“観音の里”といわれ、集落ごとに仏像が存在し、大切にされています。長浜市の西浅井町山門も例外ではなく、善隆寺の和蔵堂には国の重要文化財に指定された「十一面観音」と「阿弥陀佛頭」が祀られています。作家の井上靖は、この平安時代後期に造られた「十一面観音」と長時間対面し、「立ち去りがたし」と呟いたという逸話が残されています。
自然豊かな西浅井町山門は人口215人(2017年8月15日時点)の小さな集落ですが、人と物が行き交う地域として栄えた歴史があるためか、「この地域には閉鎖的なところがなく、移住した人を温かく受け入れてくれる風土がある」と移住者は語ります。
歴史と文化、自然に恵まれ、車で移動すれば容易に市街地まで出られる西浅井町山門は、田舎暮らしをしながら都市の利便性も享受できる優れた住環境といえます。

【取材を終えて】(ライター:盛林まり絵)
長浜市は豊かな自然がありながら、行政、商業、医療施設などの都市機能が揃い、交通の便がいいため大阪、京都、福井県なども通勤可能なことは大きなメリット。“ちょいどいい田舎”と言いたい環境です。そして、人の温かさも魅力です。中川さんご夫妻をはじめ職人さん達の温かな人柄は非常に印象的で、このような方々がお住まいの地域なら安心して移住できると思いました。
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