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徳川吉宗が愛した桜の名所・飛鳥山など、徳川家ゆかりの地も多い東京都北区。また明治時代には渋沢栄一による地域の整備や、民間の飛行場が設営されるなど、欧米列強に追いつけと伸びゆく近代産業の拠点になる反面、芥川龍之介や田山花袋ら文人にも愛された街でもあります。近年では都心からほどよく離れながらJRの駅が最多というアクセスの良さが注目を浴び、さらに赤羽が「住みたい街」として上位に輝くなど注目のベッドタウンです。

赤羽を中心に「住みたい街」上昇中

東京23区の北部にあたる区のなかでも、北区は近年メディアに出る機会が増加、交通の便の良さもあって再評価されつつあります。その起爆剤となったのが中心地である「赤羽」。立ち飲み屋が多い歓楽街として知られていたのが近年の立ち飲み・せんべろブームに加えて、漫画『東京都北区赤羽』(作・清野とおる)で一気に知名度を上げました。街のあちこちに同作をモチーフにしたポスターが貼られ、JRの発車メロディに人気バンド・エレファントカシマシ(メンバー4人中3人が赤羽出身)の曲が流れるこの街は、猥雑にして新鮮な魅力に満ちています。
赤羽から新宿・渋谷方面へは埼京線、上野・東京方面へは京浜東北線と移動も便利で、その住みやすさには定評があります。また荒川をはじめ区を囲む4つの河川や飛鳥山公園などの自然も多く、新しい生活を始めたい家族の人口が年々増加しています。

江戸時代、王子村の名主が自身の家に開いたことから名がついた「名主の滝」。夏には蛍が舞う美しい庭園は、現在は名主の滝公園として一帯が整備され、映画やドラマ・ミュージックビデオのロケ地として密かに知られています。

「資本主義の父」渋沢栄一が愛した街

北区はその歴史もこれから注目されそうです。それは2024(令和6年)年から一万円札の肖像になり、2021(令和3年)年にはその生涯を描くNHK大河ドラマ『青天を衝け』が放映予定の「日本資本主義の父」こと渋沢栄一が晩年に住んでいたからです。
明治時代に新たな時代を築くべく、日本最古の銀行である第一国立銀行のほか、東京瓦斯、東京海上火災保険、麒麟麦酒、帝国ホテルなど500以上もの会社設立に関わった渋沢栄一。自ら設立した王子製紙のそば、飛鳥山に別荘を構え、家族とともに生活する場として過ごしました。現在も飛鳥山公園内に「旧渋沢庭園」としてその跡は残され、晩香廬(ばんこうろ)、青淵文庫(せいえんぶんこ)は国の重要文化財に指定されています。今後北区では注目度アップを目指して「東京北区渋沢栄一プロジェクト」をはじめ、様々なプロモーションを行う予定です。

東京の商店街で「三大銀座」のひとつが十条銀座商店街。1910年の十条駅開業と共に商店が増えたことから誕生と歴史は古い。全長500メートル以上のアーケード通りに、生鮮食品に惣菜屋など200店もの店がひしめき合います。

赤羽馬鹿祭りなどの変わったお祭りも

チェーン系ではない八百屋や魚屋、つい立ち食いしたくなるお菓子屋といった商店に加えて、海外から移住してこの地に住んだ人たちのエスニック料理など、散歩しているだけで飽きない下町感たっぷりの店も多く並んでいます。
また全国的には有名ではないものの、区民で知らない者はいないちょっと変わったお祭りもあります。そのひとつが「赤羽馬鹿祭り」。1956(昭和31)年、エイプリルフールにちなんで開催されたというこのお祭り、赤羽の地に城を築いた太田道灌を偲ぶ意味もあるといいます。昔は扮装などもしていたそうですが、現在ではパレードや神輿が繰り出し、約40万人が賑わう北区最大のお祭りです。
そしてもうひとつ、北区を代表する奇祭が「王子狐の行列」。王子の王子稲荷神社には古くから狐が詣でたという伝承があり、それを元に毎年大晦日にお面や化粧で狐に扮した人たちが行列を行います。年の暮れ、町中を歩く300人もの狐たちの姿はどこかファンタスティック。

【取材を終えて】(ライター:大坪ケムタ)
駅から伸びる広々とした道路を中心とした東十条商店街。そのなかで自然と街に溶け込んだ感じが魅力的な雅章さんらの工房。「昔は職人らしくて全然喋らなくて……」というのは意外でしたが、この街に住んでいたら自然とほがらかになっていく気もします。年々人口が増加している注目スポット・北区だけに、トンボ玉が区を代表するお土産になる日も近いのでは。

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