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佐賀県の南東部に位置している佐賀市。2005(平成17)年、2007(平成19)年に7町村と合併、北は福岡市、南は有明海に面しています。空の玄関口である九州佐賀国際空港からJR佐賀駅まではバスで約35分、博多駅からも特急で約40分と市の中心部へのアクセスも便利。山林や清流が広がり温泉地もある北部、明治期の歴史遺産が点在する中心部、有明海につながる田園地帯の南部と地域によって異なる表情が魅力です。

日本の近代化を推進した佐賀藩の技術力

幕末の日本は欧米列強のアジア進出に危機感を抱いていましたが、それにいち早く反応し、行動を起こしたのが佐賀鍋島藩10代藩主の鍋島直正公です。名君と名高い直正は藩校「弘道館」で教育に力を入れ、日本で初めて洋式反射炉を築造し、現在の理化学研究所に当たる「精錬方」や海軍伝習所を設置。その結果、国内で群を抜いた最先端技術を持つ藩となり、多くの優秀な人材が育ちました。なかでも大隈重信、副島種臣、江藤新平など、「佐賀の七賢人」と呼ばれる人々は、近代日本を牽引した存在として知られています。そんな偉人たちゆかりの地を巡るのも、佐賀市の楽しみ方のひとつです。また、佐賀市街の中心を横断している長崎街道の周辺には、柳町のように江戸時代から明治期にかけての建造物が多数残る、昔ながらの町並みが広がっています。さらに、嘉瀬川河川敷をメイン会場として開催される「佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」は、佐賀市の名物イベントとしてすっかり定着しました。約100機のバルーンが大空に浮かぶ光景は圧巻です。

鍋島直正公がつくらせた日本初の実用反射炉。これによって日本でも鉄製大砲の鋳造が可能となり、韮山、薩摩、萩などでも建造され、佐賀藩はその援助や技術交流を行った。築地反射炉跡は日本の近代産業化へのシンボル的存在。

食通もうならせる豊かな山海の幸

九州ではどこを訪れても、苦労せず美食にたどり着くことができますが、佐賀市はまさにそれを具現化したところ。高級食材からB級グルメまで、どんなカテゴリーでもおいしいものが実に多彩です。例えば高級品の代表を挙げるなら、ジューシーな香りと繊細な霜降り、口のなかでとろける柔らかさが絶品の佐賀牛。ローカルB級グルメなら、一枚の皿にライスを敷き、その上に肉、レタス、トマトを乗せてマヨネーズをかけたボリューム満点のシシリアンライスは外せません。また、脊振山系の麓の三瀬村周辺にはそば処が点在するそば街道があり、澄んだ空気と山に染み込んでろ過された良質な水が極上のそば文化を育んでいます。有明海の魚介類も、佐賀市を訪れたら必ず食べたいレアものが目白押しです。ムツゴロウ、クチゾコ、ワラスボ、ウミタケなどは、いずれもほかの地域ではあまり耳にしない魚介類ですが、味の良さは地元の人々のお墨付き。有明海は日本有数の海苔の産地としても知られています。

十可苑(じっかえん)は、鍋島家の旧別荘地を利用して造った日本情緒あふれる庭園。春にはツツジ3万株、シャクナゲ1万本や八重桜が咲き乱れ、秋には紅葉が楽しめる。園内の一角には日本画家・立石春美の記念美術館もある。

移住、定住を様々な形でサポート

佐賀市は県外からの移住者を歓迎、定住に関する支援制度が充実しています。一例として空き家バンク制度(北部山間地域のみ)、空き家改修費助成制度(空き家バンク制度登録物件が対象)、移住支援金(東京圏からの移住が対象)などのほか、就労者には特急料金などを対象とした通勤定期券購入費の補助もあります。定住に関する情報発信も積極的に行っており、東京や福岡などでは相談会にも出展。佐賀市で起業を考えている人への各種サポート、さらに新規就農を希望する人には佐賀市トレーニングファームでの無料研修制度なども整っています。

【取材を終えて】(ライター:渡邉陽子)
背の高い建物が少ないせいでしょうか、空がとても広く大きく感じられて、アジア最大規模のバルーンフェスタがここで開催されるわけに納得しました。市内各所に残る幕末・維新期の佐賀藩の叡智、町並みに溶け込んでいる偉人たちの銅像。過去と現在が混在している様子も好ましく、「背伸びしない自然体」という印象が残る街でした。

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