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群馬県の東南部に位置する桐生市は、かつて「東の桐生、西の西陣」とうたわれたように、絹織物の一大生産地として栄えました。その名残りは市街中心部の本町の一画にある伝統的建造物群に見ることができます。赤城山の裾野、東を栃木県足利市に接し、市内を流れる渡良瀬川と桐生川には水と緑が息づき、歴史ある街並みが広がっています。8月第1金・土・日曜日に行われる「桐生八木節まつり」は県内外から観光客が訪れ、夏を彩る一大イベントです。

絹織物の一大生産地として発展

幕末から明治にかけて、日本の近代化への確かな原動力となった桐生の絹織物産業。古くは奈良時代、続日本記には「あしぎぬ」と呼ばれる絹織物を朝廷へ献上したと記されています。桐生でつくられた絹織物は「仁田山絹」と呼ばれ、それを伝えたという官女・白瀧姫が白瀧神社に祀られています。江戸時代に入ると「東の桐生、西の西陣」とうたわれ、絹織物の一大生産地として街は大きく発展しました。明治には海外からも染色・織物技術が取り入れられ、ますます近代化へと進んでいきます。最盛期となる明治から昭和初期にかけ、市内には染織工場が建ち並び、女工たちが献身的にその生産を支えました。また、織物関連の産業も発達し、街には呉服商や買継問屋、染色業者などが店を構え、女工たちの暮らしを支える寄宿舎や商家、学校などがつくられていきました。今でも、石造りの洋館や大屋敷などがその頃の面影を残しています。2012(平成24)年には本町と天神町の一部が国の重要伝統的建造物群保存地区に指定され、関東地方で8例目の登録となりました。

1591(天正19)年頃から桐生天満宮の参道沿いに形成された桐生新町は、2012(平成24)年に国の重要伝統的建造物群保存地区として指定された。染織業全盛期となった明治後期から昭和初期のノスタルジーあふれる情景が今も色濃く残されている。蔵をリノベーションした有鄰館や矢野園、作家坂口安吾が晩年を過ごした旧書上商店など、見どころも数多い。

明治・大正の栄華が今も息づく

古くから培われてきた織物文化は今も根付き、企画から生産まで一気通貫に行うことができる織物産地として存在感を保ち続けるほか、歴史ある風景を残しながら、新たな観光資産として、かつての工場や商家がリノベーションによって作家の工房やギャラリー、カフェ、レストランなどに生まれ変わっています。毎週のようにイベントが開催され、春はチューリップまつり、夏は桐生八木節まつり・桐生祇園祭、秋には桐生ファッションウィーク、冬にはだるま市と見どころも満載。毎月第1土曜日には「天満宮古民具骨董市」「買場紗綾市(かいばさやいち)」「桐生楽市」と3つの市が開催され、なかでも天満宮古民具骨董市は関東三大骨董市に数えられるほど。

現在も操業している森秀織物の一画にある織物参考館“紫”。旧のこぎり屋根工場や釜場などを利用した体験型博物館。羽二重に並ぶ高級織物「お召織」の緯糸を撚る八丁撚糸機や明治中期にアメリカ輸出用として使われたジャンボ高織機など、桐生織に関する資料約1200点が所蔵されている。藍染めや手織体験も行うことができる。

住みたい田舎ランキングも毎年上位

都内へのアクセスは浅草・北千住・東京スカイツリー駅から新桐生駅まで、東武鉄道の特急りょうもう号で約100分。東京駅から桐生駅までは、JR東北新幹線(小山駅)あるいは上越・北陸新幹線(高崎駅)からJR両毛線を乗り継いで約100分と、比較的気軽に足を伸ばせるのも魅力的。市内にはそのほか、わたらせ渓谷鐵道と上毛電気鉄道が走り、路線バス「おりひめバス」や低速電動コミュニティバス「MAYU(まゆ)」が運行しています。
宝島社が発行する『田舎暮らしの本』編集部が発表する「住みたい田舎ベストランキング」にも毎年上位にランクイン。2017(平成29)年度は総合部門エリア別(北関東エリア)第3位、シニア世代が住みたい田舎部門エリア別(北関東エリア)第2位に輝いています。移住者・定住者向けの支援も充実しており、「きりゅう暮らし応援事業」として、「住宅取得応援」「住宅リフォーム」「空き家利活用」「空き家除却」の4つの助成制度を整備。条件に応じて併用することも可能です。

【取材を終えて】(ライター:大矢幸世)
歴史的建造物が残る風情ある街並み、明治・大正時代の近代化の足跡を感じながらぶらりと歩けば、そこかしこに見つかる「写真に撮っておきたい」風景。井伏さんも「地元の方は郷土愛が強くて、いろんなことを教えてくれる」とおっしゃるように、外から来た人も優しく受け入れる懐の深さを感じました。

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