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歴史的文化遺産と自然環境に恵まれ、古都奈良の文化財は数多く世界遺産に登録され、国際文化観光都市として毎年多くの人々が訪れています。関東から奈良市に移住した人たちに聞くと、「なんか落ち着く」「世界遺産に近い」「昔ながらの町家や長屋の赴きがある賃貸物件がある」など、奈良市ならではの生活環境が伺えます。京都・大阪まで約1時間で通うことが可能な交通の便の良さも、奈良市ライフの大きな魅力です。

歴史とロマンに抱かれたまほろばの都

奈良市の中心市街地には、奈良県庁、奈良地方裁判所、県立美術館、奈良女子大などの公共施設があり、奈良県の県庁所在地として古くから発展してきました。世界遺産の元興寺、興福寺もあり、東側には東大寺があります。また、江戸時代後期以降の町屋が残る「ならまち」が広がっています。
奈良市は、2008(平成20)年3月に「奈良市中心市街地活性化基本計画」を発表し、中心市街地の今後の発展の方向性を示しました。
その計画で中心市街地の課題として挙げられたのは次の3点です。「地域に存在する歴史・文化遺産を十分に生かす」「奈良の玄関口としての都市基盤整備の遅れ」「商業活動の活性化」。これらを踏まえ、基本計画のテーマを「歴史とロマンに抱かれたまほろばの都、奈良」とし、目標を「訪れたくなるまち」「歩きたくなるまち」「活力のあるまち」とし、具体的数値目標を掲げて中心市街地の活性化を進めました。

奈良時代の代表的な寺院である東大寺の大仏殿は、世界最大級の木造建築。743年(天平15年)に聖武天皇が蘆舎那大仏(るしゃなだいぶつ)造立の詔を発令し、その大仏を安置する寺として751年(天平勝宝3年)に大仏殿が完成した。その後、次々に堂塔が建築され、40年近くかかり伽藍が完成した。現在の伽藍の多くは、江戸時代に再興されたもの。

伝統産業・伝統工芸も多彩な町

奈良市は、古来より日本中から社寺への参詣や数多くの文化遺産へ物見遊山に訪れる地でした。奈良の人々は、墨や筆、一刀彫、奈良人形、奈良蚊帳(かや)、螺鈿(らでん)、赤膚焼(あかはだやき)などの様々な工芸品を生み出し、奈良独特の商工業や観光産業を発展させてきました。
現在も、奈良市の各地域でそうした伝統が受け継がれており、国内外から多くの観光客が訪れる国際文化観光都市として発展を続けてきました。また、平城京跡をはじめ、奈良町や奈良きたまち、西の京、田原、山之辺など、各地域で歴史や文化を活かした町づくりが展開されています。
奈良市民の心の根底には、古都奈良への誇りを持ち、その歴史や文化を尊び、未来へ守り受け継いでいきたいという思いがあり、その精神が、現在の奈良の豊かな歴史や文化につながっていると言われています。

創立は奈良時代の初めといわれ、御創建1250年を迎える春日大社。古くから神の降臨する山とされた春日山・御蓋山(みかさやま)の西麓に、藤原氏の氏神を祀ったもので、藤原氏や朝廷の崇敬を受けて繁栄した。建物が周囲の自然と見事に調和しており、日本古来の神社の様式を現代に伝えている。本殿(江戸時代の復興)は、国宝建造物に指定されている。

「奈良県国際芸術家村」(仮称)が建設中

奈良県では、2020年度の完成を目指し、「奈良県国際芸術家村」(仮称)の建設を進めています。同村は、奈良県の文化資源の活用拠点として、伝統工芸を含めた工芸振興を図るため、工芸品の展示販売だけでなく、作家・職人同士の交流や、作り手と買い手とのコミュニケーションの場づくりを計画。現代感覚にマッチした新しい工芸品を奈良から発信し、奈良工芸のファンを増やすことで、奈良の工芸をさらに大きく発展させていくことが目的です。

【取材を終えて】(ライター:佐藤篤)
“古都奈良”という言葉が象徴するように、歴史的資産や伝統文化のイメージが強かったのですが、実際に奈良の町を歩くと違う印象でした。地元の方と話すと、古き佳きものを大切に守りながらも、新しい時代の息吹も積極的に取り入れようとする前向きな方が多く、奈良という土地にプライドを持ちつつ、新しい情報や流行にも敏感でいたいというライフスタイルが浮かびました。

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