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2019.05.15
食品サンプルとは
食品サンプルは1点ものや少数のオーダーが少なくない。おのずと職人による手作りが基本となるので、確かな技術を持った職人が手がけなければ精巧な食品サンプルは生み出せない。三重県初の食品サンプル会社を立ち上げた安藤食品サンプル製作所の安藤恭子さんも、そんな腕を持つ職人だ。今や業務用のみならず一般消費者も対象とした製品を手がけ、ショーケースに鎮座する商品サンプルの枠を超えて活動する安藤さんの工房を訪ねた。
食品サンプル
飲食店の店頭などに置かれる料理の模型。大正末期から昭和初期にかけて日本で考案された手法で、かつては蝋でつくられていた。1970年代後半から樹脂が用いられるようになると耐久性が向上、型材もシリコンを使用することでより繊細な表現が可能となった。現在では料理見本としてだけでなく、販促ツールとしての役割を担うほか、アクセサリー等もつくられている。
ライター 渡邉陽子

「趣味と実益を兼ねた」食品サンプル

3~4歳くらいのときに見たテレビ番組で、キャラクターが商品サンプルのクリームソーダをつくっているのを目にしたのが、安藤さんと食品サンプルとの出会いだったという。子どもごころに「こんな仕事もあるのか」と驚いたのが、その後の人生を大きく左右することになった。
小さな頃からものづくりが好きで、手先を使う作業が得意だった。高校卒業後も働きながら常に何かしらの創作活動をしていたが、納得のいくクオリティの作品にするには創作に費やす時間が足りない。「趣味と実益を兼ねた仕事があればいいのにと考えたときに思い浮かんだのが食品サンプルでした」
安藤さんは名古屋に本社のある食品サンプルの会社を見つけ、晴れて正社員として採用された。試用期間だった最初の2か月の段階から仕事が楽しく、技術を身につけられるのも面白かった。「食品サンプルづくりのイロハはこの会社ですべて教えてもらいました」

働き始めて3年目くらいから、試作品や少量生産の食品サンプルを任されるようになる。大量生産するものに比べて難易度も高くなるが、それだけ安藤さんの腕が高く評価されていたということだ。そして、安藤さんはその期待に応え、高品質な食品サンプルを次々とつくり上げていった。

メニューとしての役目を担ってきた食品サンプル。店頭に並べることで入店しやすくなるだけでなく、外国人観光客にとっても一目瞭然のユニバーサルデザイン。年齢や国籍を超え、人々の食欲をそそる力を持っている。

安定した生活よりも自分の工房

好きなことをしながら収入も得られるという順風満帆な日々を送っていた安藤さんだが、実は入社当時から「いつかは独立して自分の工房やアトリエがほしい」と考えていた。会社には若い後輩も入ってきて、管理職として教える側の立場を求められつつあった。現場で製作に関わり続けたかった安藤さんは、まずは社外受注として会社の仕事を受けることにした。会社に作業用の部屋を借り、材料代を支払い、人も雇った。「会社に守られている安心感はあるものの、おのずと縛りも出てきます。いきなり工房を持つのはお金もかかりますが、そこまでのリスクを背負わなければ自由は得られないと痛感しました」
そこで一度社員に戻り貯金に励み、その後改めて退職。生まれも育ちも三重県桑名市の安藤さんは地元に根付いた仕事をしたいと思っていたので、桑名で起業することに迷いはなかった。三重県初の食品サンプル会社、安藤食品サンプル製作所の誕生である。
アパートの一室を工房にしていたが手狭になり、一軒家を借りて、そこのガレージを工房とした。最初は9年間勤めた会社の下請けがほとんどだったが、次第にオーダーメイドなど少数のサンプルづくりの仕事が増えていった。そのきっかけとなったのが、桑名で開催されたお祭りである。安藤さんも出店することになり、せっかくだからオリジナル商品を出そうと桑名の名産品である安永餅(やすながもち)の食品サンプルをつくったところ、大いに受けたのだ。「それがきっかけで商工会議所や駅前商店街研究会の人たちと親しくなり、私もお祭りの手伝いをするようになっただけでなく、地元からいただく仕事が増えていきました」

桑名の銘菓として知られる安永餅。安永餅の食品サンプルは安藤さんの手がける製品が地元の桑名に広く知られるきっかけとなった。表面の粉砂糖っぽい部分は粉と液体、2種類の塩化ビニールを使用することで、よりリアルに見せている。

安藤さんが独立してやりたかったことはラインによる大量生産ではなく、職人としての腕が存分に発揮できる小ロット生産だった。知識や経験が必要とされる「より本物に見える」食品サンプルこそ、安藤さんにしかつくれないものだからだ。
クオリティの高い商品サンプルは評判となり、三重県外からも注文が入るようになった。宣伝にも力を入れる必要があると考え、工房を桑名駅そばの商店街「一番街アーケード」に移転した。ショールームを兼ねた新店舗の向かいにあるレストランには、偶然にもかつて勤めていた食品サンプル会社の先代の社長が手がけた食品サンプルが並んでいる。

型もすべて安藤さん自身でつくる。その数は増える一方で、倉庫の壁がどんどん埋まっていく。「どれほどの数の型があるかわからない」と安藤さん。すべてが彼女の技術の結晶であり財産である。

おいしそうで長持ちが
いいサンプル

食品サンプルは実物の食品をシリコンで型取りした後、気泡が入らないよう気をつけながら塩化ビニールの樹脂を流し込み、オーブンで焼いて凝固させる。そして、固まったパーツを型から取り出したらエアブラシや筆で色を付けるという手順でつくられる。塩化ビニールの樹脂は手触りなどが違うものがたくさんあるので、それらのなかからつくりたい食品にもっとも合う樹脂を選ぶ。オーブンで焼く際、焼き方が足りないと樹脂が割れ、焼き過ぎれば表面に凹凸ができてしまうので、その加減が難しい。製作する食品や使用する樹脂によってもオーブンの温度や焼き時間は変わるから、積み重ねてきた経験や実績がものをいう。
安藤さんは勤めていた会社で本物よりおいしそうにつくるよう教えられ、今もそれを守っている。よりおいしそうに見せるためには、本物の食品を忠実に再現しつつも、色、形、素材などのいいところをほんの少しだけデフォルメするのだという。だから同じ写真や実物を見ても、職人によって商品サンプルの仕上がりは異なる。「私の商品サンプルはおいしいそうなだけでなく、ちょっと可愛いところが特徴ですね」と安藤さん。 安藤さんにとって良い食品サンプルというのはどういうものだろう。

本物以上においしそうに見えること、そしてその状態が長持ちすること。良い食品サンプルを具現化すると、ステーキ以上にステーキらしいという逸品が生まれる。「餅は餅屋」という座右の銘に納得。

食品サンプルを通して地元に貢献

安藤さんに座右の銘を尋ねたところ、「餅は餅屋」と即答した。費用がかかるからと店主自らがつくった食品サンプルを並べている店を見て、製作にかかった労力やそのでき映え、集客や店の看板といった食品サンプルとしての役目などすべてトータルで考えると、それがベストな選択だろうかと思うそうだ。「例えばうちのホームページもプロにお願いしていますが、仕上がりも検索のヒット数も素人がつくるものと雲泥の差があります。お願いできるところはお願いして、自分は自分にしかできない仕事をやりたいです」
最近は、ストラップやマグネットなどのミニチュア商品も人気で、メディアに取り上げられる機会も増えた。安永餅のストラップのように、安藤さんのオリジナルかつ地域に貢献できる製品は今後も積極的に手がけていきたいと言う。「広すぎず狭すぎず、名古屋に近くて便利だけど自然も豊かな桑名が好きです」と語る安藤さんは、これからも地元とのつながりを大切にしながら職人としての腕をさらに磨いていくのだろう。

桑名商工会議所が生み出した桑名の活性化を応援するキャラクター、ゆめはまちゃんをモチーフにした製品も各種製作している。安藤さんの望む小ロット生産が実現するだけでなく、地元に貢献できる製品でもある。

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