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2019.01.16
若狭塗とは
若狭塗は小浜藩の御用塗師・松浦三十郎が中国渡来の漆器をヒントに、海底の様子を意匠化したのが始まりとされる。江戸中後期は若狭塗の黄金時代で、「箔押し」「研出し」「螺鈿」「蒔絵」など200種類以上の塗りの手法が完成した。その若狭塗の伝統に敬意を表しつつ、現代のライフスタイルやインテリアにも合うようにアレンジしたのが兵左衛門の若狭塗箸である。ここで若狭塗職人として働く堂本幸司さんを訪ねた。
若狭塗
福井県小浜市で生産される漆器。卵の殻や貝殻などで模様をつくり、その上に何色もの漆を塗り重ねて研ぐ「研ぎ出し技法」が特徴となっている。漆器のなかでも独特な風格と重厚感があり、美術品としても珍重されている。若狭塗箸が特に有名で国内生産塗箸の80%以上を占め、芸術品のような美しい仕上がり。1978(昭和53)年に国の伝統的工芸品に指定された。
ライター 渡邉陽子

生まれ育った小浜の伝統工芸に携わる

若狭塗箸の産地である福井県小浜市で、若狭塗箸や漆工芸品の製造販売を行っている兵左衛門。「お箸は食べ物です。」を信条とし、口に入れる箸先部分には合成化学塗料が一切入っていない100%天然の漆を使用するなど、高い安全基準を設けている。2008(平成20)年には「オバマ」の縁つながりで、オバマ大統領(当時)に夫婦箸を進呈したほか、2016(平成28)年には三重県伊勢志摩サミットの記念品に携帯箸「八四郎」が選ばれるなど、その高い芸術性は国内外で広く知られている。折れたバットなどを利用して箸をつくる「かっとばし!! プロジェクト」や、子どもたちを対象にした「お箸知育教室」の開催など、独自の取り組みにも積極的だ。
生まれも育ちも小浜という堂本さんは22歳で兵左衛門に入社。以来、若狭塗職人として腕を振るう日々を送っている。高校卒業後、友人たちが東京や大阪へ旅立って行ったときも「都会への憧れは全くなかった」から地元で就職した。しかし、その仕事が合わずに転職した先が兵左衛門だった。
「だから『若狭塗職人になって伝統を継承したい』といった崇高な目的で入社したのではありません。たまたま転職先が若狭塗箸を扱っていたのです」
元々自宅そばにも工房があるなど、小浜で暮らす堂本さんにとって若狭塗は身近な存在だった。漆の独特の匂いにも慣れていたから特に抵抗はなかった。そして、実際に働き始めると、堂本さんは思いのほかこの仕事が自分に合っていることに気づいた。手先が器用で細かな作業も好きという、まさに若狭塗職人に求められる資質があったのだ。「天職かもしれない」、そう感じたという。

携帯箸「八四郎」は兵左衛門の技術を集結させて制作した至高の逸品。商品化までに8年を要した箸であることと4つに分割できることから、この名が付いた。木地の加工から塗り、仕上げに至るまで、通常の箸とは異なる製法でつくられている。

何層にも塗った漆を研いだ先にある芸術

若狭塗箸の工程は60以上に及び、最初の木地(きじ)づくり以外の工程は分業されていないのが基本である。
箸に使われる原木は桜、紫檀、鉄刀木(たがやさん)など各種あり、いずれも加工に適した状態まで乾燥させてから製品の形にカットする。続いて木地全体に下地をむらなく塗って表面を平らに整え、錆漆(さびうるし)を塗る。そして箸先だけに漆を塗ること6回。箸先を研磨して、さらに箸先塗りを3回。ここまでの工程を見るだけでも、若狭塗箸がどれほど手間暇をかける高級漆器なのかがよくわかるだろう。
ようやく箸全体に漆を塗ったら、いよいよ貝殻や卵殻で模様を入れる。ここでいかに殻を均等にバランスよく配置できるかは、若狭塗職人の腕の見せどころだ。少しでも殻の位置が偏ったりしていると判断すると、ここに至るまでの工程が何ヶ月かかっていようが関係なくボツとなる。素人目には「そういうデザインなのだろう」と自然に思えるものでも容赦なく、兵左衛門の基準はそれだけ厳しい。
その後は黒、赤、黄、緑と色漆を塗り重ね、若狭塗の模様に欠かせない金箔を置く「金付け」を行う。さらに朱合(しゅあい)を塗り重ねること6回。そしてもう一度黒を塗って、ようやく研ぎとなる。時間をかけて何重にも塗られた漆を研いでしまうという自虐的なまでの工法を経た箸には、何ヶ月も前に散りばめた貝殻や卵殻が世にも美しい柄となって浮かび上がるのだ。
工程ごとに漆を乾かすので、完成までに要する時間は約1年。これほど贅沢な箸があるだろうか。堂本さんは「若狭塗職人は忍耐力が必要。漆を乾かす時間が長いし繰り返しの作業も多いので、根気強くないといい若狭塗箸はできない」と言う。その我慢をできる職人だけが、若狭塗を手がける醍醐味を味わえる。
「せっかく何重にも塗った漆を最終的には研いでしまう手法は若狭塗ならではの特色です」

若狭塗箸の工程。一番左が貝殻や卵殻を散りばめた上に漆を塗った状態で、そこから順番に色漆を塗り重ねていく。どの色の漆から塗るかは工房ごとに異なるそうだが、兵左衛門ではこれで統一している。最後の研ぎの工程で美しい模様と艶がようやく現れる。

先輩から教わったことを後輩へつなぐ

若狭塗箸で堂本さんがいちばん難しいと感じるのは、金箔を置く工程だという。塗った漆が乾ききる前に金箔を付けていかなければならないのだが、そのタイミングを逃してしまうとうまく付かず、これまでの工程がすべて水の泡になってしまう。難しいからこそ、磨き続けているうちにイメージ通りの美しい模様が浮かび上がってきたときの達成感は大きい。

堂本さんに若狭塗を教えてくれた上司の松見さんは寡黙で、口頭で伝えるのは最低限のことのみだった。黙って作業に取り組む姿から堂本さんは多くを学んだ。漆の塗り方も、同じ作業を忍耐強く丁寧に繰り返すことの大切さも松見さんが教えてくれた。だから自分が後輩に教える立場になったときは、やはり言葉は最小限にとどめ、実際にどんどん塗ってもらおうと思っている。
「その人の個性や特徴もあるし、もしかしたら僕も知らない新しい手法もあるかもしれない。そういうのを否定したり、『俺の真似をしろ』と頭ごなしに言いたくはありません。若狭塗職人になりたての新人だろうが、その手法がよければ伸ばしてほしいし、僕自身も『そういうやり方があったのか』と勉強になります」と語る堂本さんの柔軟性は、次世代の若狭塗職人を育む上で大きなファクターとなっている。

漆を使う若狭塗箸はさぞや手入れが大変という先入観を抱かれがちだが、食洗器がNGということを除けば普通の箸と変わらない。むしろ殺菌効果があるので洗剤を使って洗う必要がなく、汚れを拭き取るだけで十分だそう。
全国から修繕依頼の箸が途切れることなく届くのは、それだけ大事に使い続けたい価値ある箸だから。「銀婚式のお祝いに息子からもらった」など、使い手だけでなく贈り手の気持ちもこもった箸も多いという。

自分のために存在する
箸の愛おしさ

国内における箸の需要は減少している一方で、箸のみを使って食事をするのは日本だけともいわれている。確かにほかの国では、箸とともにスプーンやレンゲを用いるのが一般的だ。弁当や総菜を買えば割り箸が付いているし、100円ショップでも箸が買えるなかで、時間も手間もかかる高価な若狭塗箸の伝統が現代にも残っている意味は何なのだろう。その答えのひとつともいえるものが工房の一角にあった。全国から届く、修理依頼の若狭塗箸。どの箸も使い込まれ、箸先がすり減ったり色が剥げかかったりしていて、持ち主の日常に欠かせないものだったことが伝わってくる。「長く大切に使いたい」という思う箸を持つということは、人の心を豊かにするのではないだろうか。
今でも漆にかぶれるという堂本さんは「結果的に若狭塗職人になっていた」と謙遜するが、繊細な手つきで貝殻や卵殻で巧みに模様を描き、手際よく漆を塗るさまは、まさに伝統を継承する職人そのものだった。まだ30代。後継者不足が深刻な伝統工芸も少なくないなかで、若狭塗の未来は明るい。

貝殻は箸の面に対して2~3個置くのがバランスよく見栄えがよく、卵殻はまんべんなく全体に散らす。どちらも少しでも偏ったと職人が判断すれば「ボツ」となり、日の目を見ることはない。使い勝手に差はなくても、それが若狭塗の矜持。
合成塗料を使った箸は気軽に買いやすい価格帯だが、口に含む箸先の部分は、すべて天然の漆を使用している。様々なデザインや色が揃っていて、堂本さんも「合成塗料を使った箸ではよくオリジナルデザインも考えます」。

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