更新日:2019.07.08  writer:渡邉陽子

“MIKADO LEMON”の開発をきっかけとして、酒蔵と地域を結びつけ、関係性を深めたい。

醸し人
三宅 紘一郎(みやけこういちろう)さん
広島県/呉市

酒蔵とその土地の特産品を組み合わせた日本酒ベースのリキュールをつくることで、日本酒を愛する青年が思い描いたビジョン“酒蔵と地域の活性化を図る”が現実となり、スパークリングレモン酒『MIKADO LEMON』を世に送り出した。上質な原料から生まれる上品な味わいは、まるで日本版シャンパンのよう。今は第2の『MIKADO LEMON』の開発に取り組んでいるというナオライの三宅紘一郎さんが営む、三角島のオーガニックレモンガーデンを訪ねた。

MIKADO LEMONとは?

1856(安政3)年の創業時から広島県呉市に根付く酒蔵・三宅本店の蔵元で仕込まれた純米大吟醸と、農薬を使用せずに栽培した三角島産レモンを掛け合わせてつくった、ナオライだけが手がけるオンリーワンのリキュール。呉の街を見下ろす灰ケ峰の伏流水や広島を代表する酒造好適米『八反錦(はったんにしき)』など、地元の素材を使うことにもこだわっている。

MIKADO LEMONの誕生

レモンの酸味と爽快な炭酸が清涼感を呼ぶ『MIKADO LEMON』。ベースとなる日本酒は表に出すぎず、レモンの風味を支える土台として味のバランスを整えている。まるで日本酒のシャンパンのような趣のあるこのリキュールを考案したのが三宅紘一郎さんだ。
日本酒に関わる仕事をしている親族が多かった環境で育った三宅さんにとって、自分も日本酒に携わる仕事がしたいと思うのは自然な流れだった。なかでも日本酒の輸出業に惹かれ、売り込み先として選んだのは中国だ。しかし、現地で日本酒を売るうちに、中国では日本酒の繊細な味の違いが伝わりにくいことに気づく。しかも中国では決して大きいとはいえない日本酒の市場で、多数の業者がしのぎをけずっている。そんな状況を目の当たりにした三宅さんの視線は、次第にまったく日本酒を飲んだことのない人へと移っていった。
「日本酒になじみのない人でも飲みやすく、かつ世界に通用するお酒をつくりたいという思いが、『MIKADO LEMON』へとつながっていきました。また、全国にある酒蔵とその地域とを結びつけることで、先細りの酒蔵業界と地域の活性化を図りたいという思いもありました」

“ワインならボトルとぶどうの産地が直結していますよね。日本酒でもそのくらい関係性を深めたいと思ったんです”

そこで親類の営む酒造である三宅本店の日本酒と、地元広島県の特産品であるレモン、さらにレモンとの相性が良いスパークリングという組み合わせによる『MIKADO LEMON』が生まれた。

まるで剥きたてのようなレモンの皮をあしらい、その瑞々しさを表現した『MIKADO LEMON』のボトルデザイン。『第15回ひろしまグッドデザイン賞』をはじめ、『pentawards』や『reddot design award』など国内外のデザインアワードでも高い評価を得ている。

オーガニックレモン栽培にも挑戦

『MIKADO LEMON』をつくるにあたり、三宅さんが徹底したのは“質の良い安全な原材料のみを使用すること”だ。レモンは無農薬栽培、日本酒は『MIKADO LEMON』のためにつくった純米大吟醸レベル、広島で生まれた酒造好適米である八反錦のオーガニック米、そして仕込み水は中軟水である灰ケ峰の伏流水。さらに“畑とブランドを直結させたい”と、人口20人あまりの三角島(みかどしま)にオーガニックレモンガーデンを開き、自ら農薬、ワックス、防腐剤や化学肥料を一切使用しないレモンの栽培を始めた。
「まったくの素人でしたから、最初はほぼ全ての木が枯れそうになるなどの苦労もありました。けれど自分で栽培することで、レモンやレモンを育んでくれる太陽、風、水、土壌、土中の微生物などの自然と共生する農業を大切にする気持ちが一層強まりました」
このレモンが1本の『MIKADO LEMON』に6つも使われているというのだから、なんとも贅沢な酒である。元々高級シャンパンやワイン市場でも遜色のないクオリティを誇る製品を目指していたので、原料にもこだわるのは必然だったといえる。
レモンの木は苗を植えてから収穫できるようになるまで4年かかる。春に収穫したレモンの皮をむき、皮は精油を抽出したり加工したりする。果汁は絞って冷凍保存、1年を通して『MIKADO LEMON』を製造・出荷できる体制を整えている。今では対岸の大崎下島の久比(くび)でもレモンを育てていて、「2025年までにレモンの木を1万本植え、久比・三角島レモンバレーという一大オーガニックレモン畑をつくりたい」と、三宅さんの描く理想像はスケールが大きい。

三角島のレモン畑。無農薬栽培だから、雑草も一面に広がっている。その中から“抜いたほうがいい雑草”“抜かなくていい雑草”を一目で見抜き、手際よく鎌を振るう。「オーガニックは畑の土の持つ力を強くするまでが大変なんです」と三宅さん。

島で暮らすということ

三宅さんは元々呉市街地の出身だが、三角島や久比でレモンを栽培するようになり、会社の拠点を久比に移した。島の人々と円滑な関係を構築することは、『MIKADO LEMON』の製造・販売のためにナオライという会社を興した三宅さんにとってきわめて重要なことだった。
「最初に痛感したのは、地元の人と比べて僕には圧倒的に自然観が欠けているということでした。ここに来るまで、潮や月の満ち欠けや季節感を意識したこともなくて。自然観がない人間は認めてもらえないので、“レモンの収穫は満月の日がいい”など、自然と共に生きている地元の方に色々なことを教えていただきながらやっています」

“島を行き来するようになって自分のなかで一番変わったことといえば、この自然観だと思います”

ナオライのスタッフも普段は別の場所で居住しているが、全員に共通しているのは島の環境を楽しんでいること。「島ではよく眠れる」「こっちのおじいさんとおしゃべりするのが楽しい」、スタッフからはそんな声もあがる。だからこれから新たなメンバーを増やす際も、最初にかならず三角島で一定の期間を過ごしてもらい、その生活がフィットするか否か見極めてもらうという。 呉市への移住を考えている人は、市街地と瀬戸内海の島々とでは同じ呉市でもまったく環境が違うことを認識する必要がある。さらに三宅さんは、移住に必要な要素は“自分は自分という価値観を持てること”だと言う。
「SNSなどで東京でのリア充生活を見ると、ひとりで草むしりをしながら『俺は何をやっているんだろう』という感覚に陥ることがありました。けれど日が経つほど『いや、こっちの暮らしのほうがいい』と思えるようになり、軸が他人から自分へと戻ってきたような感じでした」

久比港からは三角島行のフェリーが1日4往復している。対岸の三角島までは約10分。島の先にまた島が点在する瀬戸内海ならではの光景が、この港にも広がっている。三宅さんはこの久比に住まいを構え、三角島に通ってオーガニックレモンを栽培している。

地域再生のモデルケースに

ところで、日本酒づくりに向いているのはどんな人なのだろう。

“見えない命を尊重できる人、これに尽きると思います。ナオライではそういう人を“醸し人”と呼んでいます”

三宅さんにとって、『MIKADO LEMON』はゴールではない。ナオライが目指しているのは、大地と一体化しているような“完全に天然”なお酒だ。オーガニックレモンを栽培するなかで、目指すべき究極のお酒がはっきりしたという。また、今後はレモンの皮から抽出した精油の製品化も検討している。
そしてナオライのミッションは、全国約1,200の酒蔵とその地域を結びつけて再生・活性化させること。『MIKADO LEMON』はその第一弾であり、すでに広島県の中山間地域の酒蔵で、『MIKADO LEMON』シリーズをはじめ、新たな商品の開発が始まっている。
「原材料はもちろん全てオーガニックです。今後は10年以内に国内の8ヶ所に酒蔵をつくり、1つの酒蔵に対して10の酒蔵から酒を仕入れるというのが大きな目標です。三角島に限っていえば、オーガニックレモンが順調に増えることで『MIKADO LEMON』の生産量も増え、その結果オーガニックレモンを栽培しようという人がより増えていくという好循環の未来を描いています」
有言実行の三宅さん。今後も酒蔵の職人やオーガニック栽培を実践している農家らとタッグを組み、『MIKADO LEMON』のような新しいお酒を世に送り出していくことだろう。

車が通れる道が限られている三角島には細い路地が多い。約20人という人口に対して家屋が多いのは、かつては人が暮らしていた名残。ナオライも空き家を借りてベースとし、スタッフたちが三角島を訪れた際に寝泊まりしたり、イベントを開催したりしている。
オーガニックレモンの見た目は悪い。だが皮ごと丸かじるできるほど安全で、しかも皮から抽出される精油の香りの高さは目を見張るものがある。レモンの香料を加えられた精油とは一線を画す香りは、アロマオイルとしてのニーズも高い。

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